淀城の矢穴 |
■好天に誘われて、花見を計画しました。
当初は”桜と矢穴”を目的に
和歌山城まで行くつもりでしたが、
体調が少し悪いので、
近場の八幡背割り堤に目的地変更です。
ところが、大山崎インターまで来たところで、大渋滞。
何とか八幡方向に右折したものの、
その先も長蛇の列。
仕方なく目的地を”桜と矢穴”が楽しめそうな”淀城”に変更しますた。
■豊臣秀吉が、側室茶々のために築いた淀城は、
今の城趾より北へ約500メートルの位置にあったそうです。
現在の淀城は、1625年に竣工、
1723年からは春日局の子孫である稲葉一族が明治まで居城としました。
(以上現地案内板より)
ただ、残っているのは本丸、天守付近のみとなっています。
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左の石に大名刻印らしきものが・・・・ |
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右下の石に四つの□の大名刻印 |
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天守北面東端 |
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■河津桜は終盤でしたが、
ここでお弁当を広げて、プチ花見。
その後の城内散策では、矢穴を多数発見しました。
高槻城のや穴に比べると、
比較的大きなもの(手のひらサイズ)が多かったです。
矢穴の形状を計って分類するとなると、
それだけで一仕事なので、これ以上の深入りは避け、
先人の論文を読むことにします。
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大名刻印 |
■偶然ですが大名刻印も発見。
帰宅してから再度写真をよく見ると、
けっこう写ってました。
「一に◯」は毛利家を示すそうですが、右横に「三」
これ以上踏み込むと、
ねじりまんぽ⇒矢穴⇒大名刻印
と、ますます広がりそうなんで、
これもここらで止めときます。
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○に十が突き抜けているのは轡(くつわ)十字、○に□も |
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平成28年2月27日、淀の河津桜を見に行った帰りに
京阪の降下したから撮影。天守南東角の矢穴。

撮影/平成28年2月27日
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淀競馬場 |
■矢穴を堪能した後は、京阪電車沿いに歩いて淀競馬場へ。
競馬場に隣接する公園で一服。
こちらはソメイヨシノが満開で、
大勢の親子連れがお弁当を広げていました。
空いてるし、交通の便は良いし、無料だし。
もちろんトイレも有りますので、
花見の穴場ですね。
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公園入り口の桜並木 |
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あまおうイチゴソフト/ミニストップ |
公園内、ドリルの矢穴 |
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